【東リベ】佐野真一郎の死因は?死んだ日、命日はいつ?

東京卍會で最強と謳われた佐野万次郎(マイキー)の憧れの存在であり、不良界に入るきっかけを作った非常に重要な人物、兄の佐野真一郎。

佐野真一郎は、黒龍(ブラックドラゴン)の初代総長を務め、東京中の不良を率い日本一という経歴を持っています。

そして引退した後は、バイク好きが高じてS・S MOTORSというバイク屋を経営していました。

しかしそんなカリスマ性あふれる経歴を持っている佐野真一郎ですが、登場した時点で既に故人となっています。

若くして死亡している佐野真一郎にいったい何があったのでしょうか。

今回は佐野真一郎の死因、死んだ日、命日はいつなのかをまとめていきます。

目次

佐野真一郎の死因は?

佐野真一郎は何が死因で亡くなってしまったのでしょうか。

当時、弟の佐野万次郎(マイキー)は横浜ツーリングに一人だけスピードが出せない原付に乗っています。

そんなマイキーを見ていた羽宮一虎は、場地圭介に「マイキーの誕生日にバイクをプレゼントしよう」と持ち掛けたことがことの発端となります。

バイクを買うお金もなく、盗みに入ったその店は佐野真一郎の経営するバイク屋でした。

店主に見つかってしまいますが、場地圭介はすぐにマイキーの兄・佐野真一郎であることに気が付きます。

しかし面識のなかった羽宮一虎は全力で襲い掛かってしまいました。

死因は頭部をチェーンカッターで殴られたことによる即死でした。

佐野真一郎の死んだ日は?

では佐野真一郎が死んだ日はいつなのでしょうか。

死亡した時の年齢はマイキーの10歳上なので、佐野真一郎は23歳でした。

ことの発端となったマイキーの誕生日。

マイキーの誕生日は8月20日です。

盗んだバイクをマイキーにプレゼントしようと仲間が押し入った店が、マイキーの兄の佐野真一郎の経営するバイク屋でしたね。

喧嘩は弱くともさすが元日本一の不良、スパナを手にして落ちついていましたが、背後から殴られると思っていなかったのでしょう。

そして殴る方も面識がない分、殴打にも手加減はありません。

知らなかったとはいえ、そんな羽宮一虎の手で殺された佐野真一郎の死んだ日は、マイキーの誕生日の一週間前8月13日となっています。

佐野真一郎の命日はいつ?

2003年6月13日にマイキーを総長とする6人で創設された東京卍會。

マイキーが12歳の時、東京卍會の発足直後に起きています。

そして羽宮一虎は少年院に入ることになり、“血のハロウィン”抗争が起こるきっかけにもなっている佐野真一郎死亡事件。

奇しくも同じ誕生日月の兄弟の間で起きた凄惨な出来事でした。

マイキーの誕生日1週間前、佐野真一郎自身の誕生日2週間後に起こっています。

そして東京卍會創設からちょうど2か月目、2003年8月13日が、佐野真一郎の命日となってしまいました。

マイキーが幼少のころから慕っており、不良界に足を踏み入れるきっかけになった佐野真一郎。

自分の仲間である羽宮一虎の手によって、あんな形で兄が死亡してしまった時のショックは想像を絶しますね。

佐野真一郎の死因は?死んだ日は?命日はいつ?のまとめ

今回はマイキーの兄、佐野真一郎の死因、死んだ日、命日についてまとめてみました。

佐野真一郎の死因は、「マイキーの誕生日プレゼントに」と盗みに入ったバイク屋で、マイキーの兄と知らずに羽宮一虎が背後からチェーンカッターで殴り殺してしまったことによるものでした。

そして佐野真一郎の死んだ日は、マイキーの誕生日8月20日の1週間前。

さらにこの年はマイキー率いる東京卍會が発足された2003年に起きた事件であり、2003年8月13日が、佐野真一郎の命日となってしまいました。

佐野真一郎はマイキーにとってかけがえのない存在でしたね。

そして東京卍會だけでなく多くの人に影響を与えました。

佐野真一郎が生きていれば、巨悪な犯罪組織に手を染めることやマイキーの闇落ちも阻止できたのでしょうか。

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